体験談

偏差値40台から1年で旧帝大に合格した逆転合格体験記

f:id:tam08:20190122201044j:plain

喜びのあまり一人で泣いてしまった。

そんな経験君にはあるだろうか。

大阪大学合格発表当日

サイトに表示される自分の受験番号

苦しくて辛かった長い受験勉強は終わった。

後の人生を決めるかもしれない大学受験を勝ち抜いた話。

受験勉強を始める以前の状況

20190401101810

まずは受験勉強を始める前の、僕の状況について少し話しておく。

入学した高校は?

僕が入学した高校は府内では自称進学校ともよばれないレベルの高校だった。

高校偏差値は55であったが国立大学の合格者は毎年一人いるかいないか。

大半の生徒が「摂神追桃」とよばれる

  • 摂南大学
  • 神戸学院大学
  • 追手門学院大学
  • 桃山学院大学

の大学群に進学していた。

志望高校のレベルを下げて余裕を持って進学したわけでもなく、

もともと頭が良かったとか、才能があったというわけでもなかった。 

1年生・2年生の時は何をやっていたか

 高校に入学したらアルバイトをしたい、

という願望を中学の時から抱いていたためバイトに明け暮れる生活を始めた。

土日も平日もバイト、さらにはテスト一週間前でもバイトをしていた。

時給700円台の時代に年間給与103万の壁に到達する勢いで働いていた。

さらに同じ偏差値くらいの高校に通っている人ならわかってもらえると思えるが、1年生・2年生の時に受験勉強などする雰囲気ではない。

逆に勉強してる人は馬鹿にされるような環境であった。

1年生・2年生の時は大学受験勉強を始めることを意識することはほとんどなかった 

数学が得意だったという理由で理系コースに進んでいたのだが、これが原因でとても苦労する話はまた後で。

受験勉強を始めたきっかけは2ちゃんねる

高校3年生の4月、おそらくどの高校でも同じ話をされるのだろうが、受験についての話を教師からされた。

全く受験勉強について興味のなかった僕だったが、ほんの少し興味を持った。

さすがに3年生になったのだから、少しは考えなければならない。

そのような経緯があって、家に帰ってスマートフォンで大学受験のことについて調べてみた。

いろいろなサイトを巡り巡ってしばらくして、2ちゃんねるの学歴板まとめサイトに辿り着いた。

他のサイトとは違って、恥や外聞もなく、建前や綺麗事のないやりとりが書いてあった。

そこで知ったのは、いい大学に行くこと人生はうまくいくのだということであった。

今となってはその掲示板で特に学歴が重視されたやりとりがされていた理由はよくわかる。

しかし、2ちゃんねるというものに初めて触れた僕が、その掲示板で話されていることは世間一般的に正しい情報だと勘違いしてしまうのも無理はないだろう。

そうして僕の受験勉強は始まった。

ちなみに大阪大学を志望した理由はスタディサポートの裏に載っていて、大阪にありそうな名前だったからである。

僕はこのような適当な理由で志望校を決めてしまったが、今から受験勉強をしようと考えている人は志望校選びはしっかりと考えた方がいいだろう。

受験勉強開始時の学力 

とりあえずセンター過去問をやってみた。

  • 国語 88点 (200点満点)
  • 英語 78点 (200点満点)
  • 数学 148点(200点満点)

と数学以外は散々な結果であった。

数学は前述した通り得意であったので対策なしの状態にしては上出来であったように思う。

模擬試験も4月に受けた。

4月にあった進研模試では記述式であったので英語はほぼ白紙。

得意の数学も偏差値50を少し超える程度だった。

なぜか記述なのに国語も受けていてそちらも散々な結果であった。

3教科合計偏差値は44という結果をたたき出した。

もちろん模試の結果が返ってくるのはずいぶんと後だったが、ほとんど白紙で出したという結果は僕をあせらすには十分なものだった。

ただ、家庭の経済状況に関係により塾に行くことはできなかった。

4月:この行動が僕を合格に導いた

20190401101806

受験勉強の知識なんて何もなく、何を勉強したらいいかもよくわかってなかった。

僕がまず最初にした行動は今思い返すと、僕が合格した大きな理由の一つになっている。

 僕がまず初めにした行動とは、

勉強方法を勉強すること

であった。

何からどのように勉強すればいいかわからず、塾にも行けなく、学校の友達は受験勉強など始めていなかった。

なのでどの参考書が良いかなどの情報が全く入ってこなかった。

そんな僕がこの行動をとったのは、非常に合理的であった。

これをしてなかったら確実に第一志望校へは受かってなかったと断言できる。

そこで調べたことは

  • 参考書の難易度
  • どの時間帯に何を勉強するのが良いか
  • 復習するべきタイミング
  • 参考書の使い方
  • 志望校に受かるために必要な参考書   etc…..

勉強の仕方を勉強するという発想になったのはとても幸運だったと思う。

www.kuronikki.com

勉強法を調べるうちに自分が絶望的な状況に立っていることに気がついた。

4月に入って勉強法を調べていた際にいろいろな人の合格体験記を見たからだ。

その絶望的とも思える状況とは

数学Ⅲ、物理、化学(理論分野以外)を授業で全く学んでいなかったのだ。

大阪大学理系の二次試験は数学Ⅲ、物理、化学、が大部分を占める方式だった。

他の人の合格体験記を見ると2年生までに全ての範囲を終わらせて3年生は演習ばかり。

少なくとも3年に入るまで全く数学Ⅲ、物理に手をつけていない状況だという人は見つけることができなかった。

ただ絶望的だと自ら思えて危機感を持てたことはプラスに働いたと思う。

4月から何ヶ月かは二次試験の試験範囲をすべて一通り学習し終えることに大半を費やした。

4月の勉強時間は平日7時間、休日11時間を欠かすことなく行っていた。

平日

3時に起きて家を出る8時までに4時間勉強

16時30分に帰宅し就寝する21時までに3時間勉強

休日

3時に起きバイトに出かける10時までに6時間勉強

14時に帰宅し就寝する21時までに5時間勉強

5月:バイトを辞め受験勉強に専念

20190401101803

5月は1年生から続けていたアルバイトを辞めた。

実は4月に辞めたいとお願いはしていたのだが人手不足もあって土日の昼の忙しい時間帯だけ入る、というようなことで続けていた。

これを聞いた大半の人はおそらく、よかったじゃん!というような感想を持つかもしれない。

しかし、週1でもアルバイトは続けていた方がよかったのではないかと、今では思う。

勉強したいけどできないという環境に少しでも置かれることで勉強している時間の集中力に差があったようにおもう。

僕は部活をしていなかったが「受験勉強のために部活を辞めると落ちる」というような風説も同じような理由によって成り立っているのかとも思う。

5月の勉強時間も4月と相変わらず。

平日7時間、休日11時間。

6月:二次試験科目の範囲を一通り終わらせる

20190401101759

4 月からずっとやりつづけていた二次試験科目の範囲を一通り終わらせることが出来た。

さらに6月には全統マーク模試があった。

4月にあったのは記述模試だったので単純に偏差値を比較することはできないとは思うが、数学の偏差値は50を超えて英語の偏差値も40後半に上がってた

4月5月6月は二次試験科目を主としてやっていたが、もちろん数学Ⅰ、数学Ⅱの勉強もやってはいたので成果が出たという事実はやる気に貢献した。

6月の勉強時間もバイトを辞めたが伸びることはなく

平日7時間、休日11時間をキープしていた。

7月:少しやる気に影りが…

20190401101756

 二次試験科目の範囲が終わったが、まだ基礎固めをしていた。

受験が終わって、塾講師、家庭教師も経験しても特に感じたことだが、基礎固めは本当に大事だ。

おそらく、このブログを見つけることができたのなら絶対に知っているし聞いたことはあるのだろう。

当たり前だ、知ってるわと思うかもしれない。

しかしそれを本当に実践できている人はどれだけいるのだろうか。

もう⚪︎月だからもうそろそろ応用の問題集を使いたいだと焦る気持ちがないだろうか。

体験記読んでたら⚪︎月にはこの問題集をしてたから……。

とは考えないだろうか。

少なくとも僕は考えてしまった、そして多少失敗したとも思っている。

これを見ている人は基礎固めが大事だということの意味をよく考えて欲しいと思う。

www.kuronikki.com

アルバイトを辞めてしばらくたった。

休日は一人で家にこもって勉強、平日も家に帰ると家にこもって勉強、誰とも喋らない日もあり少し弱ってきた。

そんな中、僕を精神的に追い詰める受験生にとって最大のイベントがやってきた。

そう「受験の天保山」「制すものは受験を制す」とも形容される夏休みである。

夏休みは塾に行ってない勢には一番きつい時期であるのではないかと思う。

 約40日間、誰とも喋らず、部屋からも出ず、黙々と机に向かう。

精神的な苦痛は容易に想像できるであろう。

アルバイトを辞めたことを一番後悔したのがこの時期だ。

「友達と勉強すればいいのでは?」

という声が聞こえてくる気もする。

しかし、アルバイトを辞めたことに続き第二の失敗であるが、僕は夏休みが始まると同時に自主的に親にスマホをあずけていたのだ。

何があっても返さないでという制約とともに。

親は僕の言いつけを完全に守り、何があっても返さないでいてくれた。

文字通り何があってもだ。

こうして地獄の8月が始まっていく。

www.kuronikki.com

7月の勉強時間

夏休み前

平日6時間、休日9時間

夏休み後

8時間

8月:地獄の一ヶ月間

20190401101924

上述した通り地獄が始まった。

一人で黙々と勉強することの辛さ。誰とも喋らない辛さ。

しだいに病んでくる。寝むれなくなってくる。

勉強しないといけないことは十分理解しているが、寝れないので勉強ができない。

勉強ができないので、心配で寝れない。

完全に悪循環である。

ストレスがたまり、自傷行為に走り顎の下を血が出るまで引っ掻いた

おそらく精神病だったのだろう。 

3日間不眠だったこともあった。

もしこれを見ている人の中に同じような状態、もしくは似たような状態の人がいるならば、迷わずに病院に行くべきだ。とアドバイスしたい。

薬で感情をコントロールすることも、強制的に眠ることも可能だ。

病院に行く時間は勿体無くなどない。

受験勉強で眠れなくなるというのはなかなかありがちな話で、僕の場合は病んでなくても大学院試験の時に眠れなくなった。

なぜかというと一日中引きこもってると体力を使わないからだ。

 

8月の勉強時間

平均4時間

後半に失速してしまった。

9月:友達のありがたさを知る

20190401101914

学校が始まり、スマホが帰ってきて友達と息抜きに遊びに行くと精神的に安定した。

受験勉強というのは定期テストの勉強とは全く異なる。

  • 定期テスト=短期戦
  • 受験勉強=長期戦

受験勉強の息抜きの大切さを身をもってわかった。

どれほど志が高くてもモチベーションはずっとは続かない。

うまいこと息抜きできる方法をしっかりと知っておくことは有益であると思う。

www.kuronikki.com

勉強の内容に関しては応用的だと一般的に言われている問題集を本格的に使い始めた。

10月にある記述模試をひとまずの目標として勉強計画を立てていた。

9月の勉強時間

平日6時間

休日10時間

10月:記述模試の結果

20190401101855

まず、この頃になると学校をさぼりがちになり、学校に行くのは週2・週3となった。

学校に行かずに勉強すると落ちるとよく言われる。

もちろんそれも知っていた。

少なくとも僕は学校をサボったことに関して全くの後悔はなく、むしろ真面目に学校に行き、真面目に授業を受けていたら第一志望には落ちていたと思う。

 やる気に関しては模試が直近にあるということで9月に比べてもよく勉強ができた。

模試はある程度頻繁に受ける方がいいと感じた。

サブタイトルにもある模試の結果だが、かなり大躍進した!

伸びる時は急に伸びるというのはおそらく本当だ。

  • 物理 偏差値78
  • 化学 偏差値62
  • 数学 偏差値65
  • 英語 偏差値52

大阪大学A判定だった

どのような推移で伸びていったのかは細かく模試を受けなかったためわからないが随分と短期間で大躍進したと思う。

しかし、まだ安心はできない。

河合塾の記述模試を解けるように照準を合わせて9月から勉強していたのだから偏差値は高めに出るのは当たり前だ。

大阪大学の問題は河合塾の記述模試と比べると随分と難易度は異なる。

さらに、これまで読んできて気づいた人もいるかもしれないが、もう一つ問題があった。

僕はこの時点でセンター対策をほとんどしていない。

もちろんこれは4月時点で立てた年間の勉強スケジュールと大きくは変わらない。

しかしこれから11月12月とセンター対策にほぼ全てとも言える時間を費やさなければならないのは多少の不安要素であった。

10月の勉強時間

学校に行く日:6時間

学校に行かない日:10時間

11月:センター対策の大誤算

20190403183117

センター対策をしばらくやってきたが、一つ大きな誤算が起きた。

それは、日本史に時間がかかりすぎる ということだった。

理系である。ということを考えると日本史を選択しているということには違和感があると思う。

少し受験を知っている人ならば理系は地理を選択すると言うことは常識だろう。

ではなぜ日本史を選択したか、

その理由は単純で科目選択をした二年生の時、僕は全く受験についての知識がなかったからである。

まだ、科目選択が済んでいない理系は地理を選択するべきだ。

ただ、やはりセンターの日本史は完全なる暗記科目であるので、新鮮な気持ちで勉強できて勉強時間自体は伸びた。

11月にはセンター過去問で安定して670点(900点満点)近くとれるようになっていた。

11月の勉強時間

学校に行く日:7時間

学校に行かない日:12時間

12月:センター対策総仕上げ

20190403183120

12月後半からは、ほとんどセンターの予想問題やセンター過去問を取り組んでいた。

これといって何か大きな出来事が起きたというようなことはない。

クリスマスにひたすら家で勉強するのは多少萎えた……ということもなく、1年生の時も2年生の時もひとりぼっちだったので大してダメージはなかった。

冬休みもあったが夏休みと同じようには病むことはなかった。

おそらく直近に試験があり目標がはっきりしていたこと、夏休みの経験を経て正しい息抜きの方法、モチベーションの保ちかたを学んでいたからだろう。

12月の勉強時間

学校に行く日:7時間

学校に行かない日:12時間

1月:センター国語爆死

20190403183123

センター試験対策をばかりをしてたので特に変わったこともなくセンター本番を迎える。

センター本番結果

  • 数学:180点
  • 英語:168点
  • 国語:98点
  • 日本史:90点
  • 物理:95点
  • 化学:85点

思いがけず国語が爆死した。

直前の予想問題集、過去問では安定して8割とれていたのだが……

僕の受けた年の国語は超難化した年……の次の年のとても簡単だった年だ。

次の日の夢は国語の自己採点を何度もしている夢だったと今でも覚えている。

阪大はとてもセンター国語の配点が高く国語が簡単だった年に爆死すると影響が大きいと考え神戸大学に志望校変更を本気で考えた。

それでも結局大阪大学を志望したのは、センター利用受験で確実に受かっているだろうと思う大学があったからだ。

二次試験対策をひとまずほっぽり出してまでセンター試験対策に注力したのが功を制した。

センター利用を利用するメリット・デメリットについても別の記事で書きたいと思う。

センター利用受験しかうけないので私大対策は全くしなかった。

センターが終わり阪大二次対策を始めた。

学校は自由登校になったのだが、英作文の添削を学校の先生にしてもらうために毎日学校に行っていた。

1月の勉強時間

1日10時間

2月:終わりの時

20190403183126

2月も毎日学校に行って勉強する日が続き、あっという間に大阪大学の二次試験当日がやってきた。

前日に下見をしていたが遅れるのが怖くてついたのは結局試験開始2時間前だった。

試験の終わった感想は、

これ、落ちたわ。

と思った。

落ちたとは思ったが第一志望の試験が終わったことの方が嬉しかった

努力が報われるにしろ報われないにしろ、もう努力をしなくていいことに安心した。

後期も出願してはいたが勉強する気にはなれなかった。

もうすでに受かっていた立命館に進学するつもりでいた。

2月の勉強時間

1日10時間

3月:歓喜の合格発表

20190331095840

もうすでに勉強をするやる気など残っていなかった。

後期は神戸大学を受験するつもりでいたが、過去問を3年々分やるだけでそれ以外は何も勉強しなかった。

そして迎えた合格発表当日

落ちたと思うと前から親には伝えていたので、親は気を使ってくれたのか出かけていた。

合格発表時刻に近づくと何度も更新ボタンを押していた。

何度押したかわからない更新ボタン、ついに表示された。

こうして苦しくて辛かった長い受験勉強は終わった。

後の人生を決めるかもしれない大学受験を勝ち抜いた話はこれでおしまいです。

もし誰かのやる気につながったり参考になったりしたなら幸いです。

読んでいただきありがとうございました。